人生って何が起こるかわからない。
恋愛、結婚、出産、病気、事故、事件、出会い、別れ。
いつだって、自分のコントロールの及ばないところで、何かが起きて、目の前に差し出される。
子育ても同じで、どういうわけかわからないけれど、自分や子どもにとって必要な経験がやってきていると思うのです。

「学校に行かない=マイナス」だと思ってしまう私たち
私たちはつい、
- 学校に行く=良いこと
- 学校に行かない=悪いこと
と捉えてしまいます。
学校に行くのが正解で、学校に行かないのが不正解。
学校に行くのがプラスで、学校に行かないのがマイナス。
学校に行けば、人生に必要なものがすべて与えられ、行かなければ、人生に必要なものが得られないと思っている側面もある。
だからこそ、誰かから「学校に行かないってことは、必要な経験が積めませんからね」なんて言われると、
真に受けて「だったら、この子はまともな大人になれないの?」と不安になってしまうのかもしれません。
でも、本当にそうなのでしょうか。
学校に行かなかったからこそ持てた時間
うちの子どもたちは3人とも、
「学校に行かなかったおかげで、たくさん考える時間があった」
と言います。
考えようとして考えていたわけではなく、考えざるを得なかったのだと思います。
- 自分とは?
- 学校とは?
- 社会とは?
- 生きるとは?
決してラクな時間ではなかったと思うけれど。
学校に行かなかったからこそ持てた時間、その時間をどう過ごしたかが、今の彼らを作っているように感じます。
親もまた、不登校を通して新しい世界に出会う
私たち親も同じです。
子どもが学校に行かない、行けないという経験をしたからこそ、持てた時間や、出会えた世界があるはずなのです。
それは、
- 本との出会いかもしれない
- 同じ境遇のママとの出会いかもしれない
- 新しい価値観との出会いかもしれない
きっと、子どもが普通に学校へ通っていたら、縁のなかった世界が今、広がっている。
必要な経験は、それぞれ違う
人生のシナリオを翻訳していると、いつも思います。
人生って、自分で選んでいるようでいて、実は“選ばされている”のではないだろうか。
そこで自分に必要な人や経験、感情と出会いながら、生きている。
ただ、それだけなのではないかと。
「必要なものは、すべて用意される」
そんな視点で見てみると、
学校に行く子には、行くことで何かを経験するように促されているのだと思うし、
行かない子には、行かない時間の中で何かと出会うことが計画されているのだと思います。
そのどちらが良い・悪いではなく、それぞれに必要な学びがあるというだけの話。
子どもから親へのギフト
そして、子どもが学校に行かなかったからこそ得られるものは、お母さんへのギフトとして現れることもあります。
子どもの不登校が、お母さん自身の人生のターニングポイントになることも多いのです。
でもそれは、初めからギフトだとは気付けないから、自分で気づいていく必要がある。
そのときのヒントになるのは、
- 今、この出来事が起きているのは、なぜだろう?
- この出来事を通して、私は何を問われているのだろう?
と自分に問うこと。
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