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母が亡くなるまで、僕は何もさせてもらえなかった【実家のこと。】

実家や親とのこれからを考えるWebサイト、「実家のこと。」様で、インタビュー記事が公開されました。

「介護」とひとことで言っても、介護される側の年齢や状況によって、その内容はさまざまです。

介護というと、どことなく「高齢になった親の世話をする」「認知症になった親の世話をする」という文脈で使われることが多い気がしますが、

実際には、今回取材させていただいた方のように、「親の病気による介護」も含まれます。

終末期の介護(ターミナルケア)と呼ばれているようです。

親の高齢化や認知症によってスタートする介護に比べ、終末期の介護は、最期のときを迎えるまでのスピードが早いことが多い。

「いつか」と思っていたことが急にやってくるし、「そのうち」なんて言ってられないスピードで病状が悪化していくのです。

今回のTさんもそのような状況のなかで、親の終活に積極的に関われないまま、お母様との最期を迎えた経験を話してくださいました。

子ども側がいくら積極的に関わりたいと思っても、親側がそれを受け入れるとは限りません。

そこには病気となった親御さん、あるいは伴侶であるもう一方の親御さんが、なかなか現実を受け入れられない状況があるような気がしました。

治る見込みはないと言われているのに、それでも治ると思いたい。

ただ子ども側の積極的な関わりは拒否しながらも、一方で生活に関しての手助けはしてほしいと考えている親御さんは多い気がします。

でも子ども側からすると、そんな親の態度はわがままに感じられるし、自分の気持ちをないがしろにされてしまうようにも感じるもの。

良いように親に使われている、そんなふうに感じることもあるのかもしれません。

そんななかで親の介護にどう携わっていくのか。

介護の現場で看護師をしている知人に話を聞いたところ、高齢の親となかば縁を切る形になる親子も少なくないそう。

家族が心を寄せ合って乗り切りたい場面で、肝心の親子の気持ちがすれ違ってしまう。

ニュースで高齢者の孤独死が取り上げられることがありますが、その背景には単身者だけでなく、高齢になって親子の関係が立ち行かなくなったケースもあるのではないかと思っています。

その状況に直面したときに有効なのは、できるだけ第三者に介入してもらうことだと個人的には思っています。

親子だけでなんとかしようと思っても、むずかしい。

特に高齢になった親御さんは、意固地になってしまう場面も多いため、血のつながった子どもよりも、他人の言うことのほうが耳を傾けやすい部分はありそうです。

また親が高齢になってから、あるいは終末期を迎えてから「これからの話」をしようと思っても、なかなか余裕を持てないのは当たり前です。それは親だけではなく子どもも同じ。

だからこそ、そのときになって立ち尽くしてしまわないように、事前に準備できることは少しずつ進めておくことが大切ではないでしょうか。

しかもそれは「終活」「生前整理」といった仰々しいことではなくていいと思うのです。

「たまに親と一緒にご飯を食べる」とか「電話でゆっくり話をする」とか。

コミュニケーションをとる練習を重ねていくことが、遠回りにみえて一番の近道のような気がします。

さまざまな介護の形、子どもの気持ちをインタビューしています。

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