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何気ない言葉の中に親子の関係を見つける

子どもとの関係性を見たいとき、まず注目してみるといいのは「言葉」です。

難しいことではなくて、日常の中で何気なく使っている言葉に注目します。

たとえば、こんな言葉を自然と使っていませんか?

・子どもを学校に行かせる
・子どもを休ませる
・子どもに勉強させる
・子どもに運動させる etc…

この言葉から見えてくるのは、

主語は、私たち親
子どもは、動かされる側

という構造。

子どもが小さいうちは、私たち親が主体となって、子どもを動かす場面ってたくさんありますよね。

・子どもを起こす
・子どもにご飯を食べさせる
・子どもを着替えさせる
・子どもをお風呂に入れる
・子どもを寝かしつける

などがそう。

でも子どもが成長するにつれて、親子の関係性は変わっていくし、変えていっていいもの。

子どもが自分で考え、自分で動ける部分は、少しずつ子どもに返していっていい。

学校に行くか行かないか、勉強するかしないかを、親が主体となってやるかどうかは考えてみてもいいのではないでしょうか。

目次

「〜させる」の背景にある2つの気持ち

言葉は正直で、私たちが無意識に持っている前提をそのまま映し出します。

この「〜させる」という言葉の背景をひもとくと、2つの気持ちが見えてきます。

「私が」なんとかしてあげたいという気持ち

ひとつは、親としての責任感や思いやり。子どものことをなんとかしてあげたい、親として支えなければといった思いがそこにあります。

子どもが未熟だから、まだ幼いからといった気持ちが隠れていることもある。

だから「私が」やらなきゃいけないって思うんですよね。

子どもをコントロールしたいという気持ち

もうひとつは、子どもをコントロールしたいという気持ちです。

えっ、そんなこと思ってない! と感じる方もいるかもしれませんが、親は無意識のうちに、子どものことをコントロールしたいという欲求を持ってしまうものだと思います。(私もです)

子どもが動かないことに対して、不安や焦りがありませんか?
このままだったらどうしようという心配ばかりが膨らんでいませんか?

そんな不安や心配があると、私たちは子どもをコントロールしたくなります。自分の思い通りにならないと怖いし、子どもだって困ってるだろうと思うから。

親子の関係性を見直す入り口に立つ

どちらの気持ちも、子どもを大切に思うからこそ出てくるもの。

でも親子関係をアップデートさせていきたいなら、変えていくことができます。

そのために、まずは自分の中に「子どもを助けたい」「コントロールしたい」という気持ちが潜んでいることに気づくこと。

それだけで、親子の関係性を見直す入口に立つことができます。


先日書いた「休ませるのが正解なのか、登校させるのが正解なのか」の記事では、あえて「休ませる」「登校させる」という言葉を使いました。

伝わりやすさを優先してそう書いたのですが、それでもやっぱり違和感ありますね。

言葉には、自分の内的な世界がそのまま現れる。

普段使っている言葉、ぜひ点検してみてくださいね。

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